パリ在住の現代音楽作曲家、ヤコポ バボーニ スキリンジの写真展「Bodyscore-the soul signature」が、2020年1月15日(水)から銀座のイベントスペース「シャネル・ネクサス・ホール」にて行われる。その開催に先駆けて、今年11月に同ホールで開催されたスペシャルコンサートの模様をレポート。コンサートの最後には、彼の“人体に手書きで楽譜を書く”という記譜法が生まれた背景も語られた。

作曲家の身体性と新しい美学

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〈左〉Ricardo Barrett - Atlas (Aura-Phoenix) 〈右〉Maarjan Pärn - caucasian face (N.5) ©Jacopo Baboni Schilingi

 イタリア生まれでパリを創作拠点とするヤコポ バボーニ スキリンジは、インタラクティブミュージックを得意とすることで知られる作曲家であり、近年ではビジュアルアーティストとしても活動領域を広げている。

 2020年1月から始まるシャネル・ネクサス・ホールでの個展を前に、2019年11月、同ホールで彼のスペシャルコンサートが開催された。一夜限りのこのコンサートでは、バボーニ スキリンジの発案したサウンドシステムを駆使した電子音と、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽四重奏が奏でる音色とがリアルタイムで絡みあい、ユニークな音空間がつくり出された。

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©T. Tairadate

 今回、演奏された楽曲は3つ。

 1曲目の「青の色彩-弦楽四重奏曲 第1番」(1999)は、バボーニ スキリンジが28歳という若さでフランスとイタリアの大学で作曲科教授に就任したとき、初めて取り組んだ弦楽四重奏曲だという。彼は音楽界の伝統に従い、大先輩であり恩師であるイヴァン・フェデーレにこの曲をオマージュとして捧げた。本作の狙いは「音楽に色を関連づけること」。楽曲全体のハーモニー・音質・リズムを通じて、青という色彩のグラデーションを抽象的に表現することに挑んでいる。

 2曲目は「祭儀の本質-弦楽四重奏曲 第3番」(2012)。本作品はちょうど1世紀前の1912年に作曲されたイゴール・ストラヴィンスキーの「春の祭典」へのトリビュートとして作曲された。宗教的儀式の本質についての深い洞察からインスピレーションを受け、持続しながら変化してゆくリズムと強力なアクセントを用いている。「春の祭典」の野性的で不穏な主旋律をチェロが引用することで曲想が明確になり、同時に、電子音と生音のせめぎ合いは音空間に儀式的ともいえる異化効果をもたらしていた。

 3曲目は、芸術を愛し、アーティストを支援し、同時代の人々から「ピグマリオン」と呼ばれたココ・シャネルへの敬意を表して、このたび新たに作曲された「弦楽四重奏曲 第5番」だ。ここではベラ・バルトークの作曲法の特徴を回想するかたちで、スキリンジ作品のうち最も技巧的な作品となったという。本作の楽譜はとても珍しい記譜法で書かれている。いくつかの部分は演奏者に複数の解釈を委ねるため、スケッチやアウトライン、下書きの段階でとどめている。コンピューターが発する音とできるだけ調和することを目的に、演奏者たちはある程度の裁量を与えられているのだ。素人の耳にも複雑かつ難解な曲という印象で、感覚を寄り添わせていくには非常に集中力を要するが、「決まった」という瞬間を共有したときは不思議なカタルシスがある。聴き手がこれほど神経を研ぎ澄ませるのだから、演奏者の強靭なテンションとエネルギーには感服しかない。

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©T. Tairadate

 コンサートの最後に、バボーニ スキリンジは自身の作曲家としての多角的な方向性について語った。 幼少時より作曲を始めた彼は、先生に「美しい譜面を書きなさい」と教えられ、西洋の書道ともいえるカリグラフィーも学んだ。ところがテクノロジーの発達により、やがて記譜の主流は手書きからコンピューターのアプリへと移り変わる。クリックとデリートで作られる譜面からは、作曲家の身体性が失われていったという。

 そこで彼は、人体に手書きで楽譜を書くという実験的な記譜法を始め、身体というメディアを通じて感情を楽曲に昇華させる表現によって、新たな美学を探求する。「バイブレーションが私の手に戻ってきたのです」とバボーニ スキリンジは語る。パフォーマンスであり、作曲行為であり、絵画作品でもある「Bodyscore」の写真シリーズでは、モデルのとるさまざまなポーズが、作曲された音楽の性質と密接に関わっているという。展覧会タイトルを「the soul signature」と名付けたように、そこには芸術的な解釈と選択を行ったアーティストの意識が瞬間的に刻まれている。鑑賞者にとって視覚と聴覚、2つの身体感覚の間を横断する展覧会になりそうだ。

 参考:作曲者自身による曲目解説(日本語訳/鉢村優)

ヤコポ バボーニ スキリンジ展 「Bodyscore-the soul signature」
2020年1月15日(水)~2月16日(日) 12:00~19:30 無休
会場:シャネル・ネクサス・ホール(東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F)
入場料:無料

Text:Chie Sumiyoshi Editor:Kaori Shimura

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