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『ファースト クラッシュ』の前半には、島崎藤村の『初恋』の一節も。恋を詠った文豪のそれもまた、言葉を通して別の価値観に触れる体験に。

山田 取り繕うっていうのもたしかに大人の所作ではあるんだけれど、取り繕わない言葉をここぞとばかりに見せられる人ほど、人生を楽しく過ごすための術をちゃんと知っているというか。実は、大人になればなるほど、他愛もないことに身をやつすことがやすらかな生活を送るための秘訣だったりするんです。

――ご自身の生活のなかで、そうした「自分だけのとっておき」に値するものはありますか?

山田 うちの夫が朝起きて、仕事に出かける支度をしながら口笛を吹いているときがあるんだけど……それを布団の中で盗み聞きする時間(笑)。だって、口笛で一日を始めるってことは、幸せなわけじゃない? しかも他のひとはこれを聞けないんだって思うと、とっても贅沢だなって。

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前編で山田さんが紹介してくれた3冊。女性作家の描くものには、生活のなかでふと拙い言葉を使う場面が自然と出てくる、魅力的な作品が多いという。「男性作家はなかなか無邪気になれないというか、とりわけ恋愛の他愛なさの部分を書こうとしないですよね。恋愛の無知さは書けるのに(笑)」(山田)。

「言葉によって思い出にされる」ということの意味。山田詠美の作品が「大人」を学ぶための小説といわれるゆえんは、時間を経るほどに豊かになっていく言葉の力の美しさを、常にビビッドな情景を通じて教えてくれる点にあるのだろう。

Profile
 
山田詠美
1959年東京都生まれ。85年『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞しデビュー。87年『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞、89年『風葬の教室』で平林たい子文学賞、91年『トラッシュ』で女流文学賞、96年『アニマル・ロジック』で泉鏡花文学賞と、文学賞を次々と受賞。2001年『AtoZ』で読売文学賞、05年『風味絶佳』で谷崎潤一郎賞、12年『ジェントルマン』で野間文芸賞、16年「生鮮てるてる坊主」(『珠玉の短編』所収)で川端康成文学賞を受賞。最新刊は『ファースト クラッシュ』(文藝春秋)。

インタビュー・文:倉本さおり
ライター、書評家。毎日新聞文芸時評「私のおすすめ」、小説トリッパー「クロスレビュー」担当のほか、週刊新潮にて「ベストセラー街道をゆく!」、文藝にて「はばたけ! くらもと偏愛編集室」連載中。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』(立東舎)。TBS文化系トークラジオLifeサブパーソナリティ。

Photos :Photos:Yuichi Sugita Text:Saori Kuramoto Edit:Yuka Okada(edit81)

前編

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