前編では「大人」の工夫や楽しみの見つけ方のヒントとなる本を選んでくれた山田詠美さん。自身の新刊『ファースト クラッシュ』(文藝春秋)は、年齢を重ねた先で初めて出会う言葉の衝撃を鮮やかに切りとった恋愛小説だ。

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「言葉によって具体化されることで、歳をとってからも飴玉を取り出して舐めるような楽しい時間を味わうことができる」。だからこそ本を読むことが大切だと話す山田さん。それは「自分だけの至福を持つこと」にもつながるという。

――山田さんの最新刊『ファースト クラッシュ』は、山の手のお屋敷に住んでいる三姉妹を語り手にした連作形式の小説。父親の愛人が亡くなり、身寄りをなくしたその息子・リキが一家のもとに引き取られたことで、母親を含めた女たちがそれぞれに心を掻き乱されていく。「みなし子」のリキに対して傲慢な態度をとっていた彼女たちが、恋愛の磁場のなかでは立場が反転していく過程にひきこまれました。

山田 奪う側が奪われる側に転じていたり、自分が与えていると思っていたのに本当は相手に与えられていたり。私はそういう、ベクトルの変化の部分が気になるたちなんです。人間関係においてどういうふうに光が屈折するかを見つめていたい。その点、恋愛は必ず力の傾きが生まれるから。たとえば、プライドを叩き壊される瞬間に快楽を感じる人もいるでしょう? この本のなかだと長女の麗子がそう。つまり、社会的にフェアであることは大前提だけれど、ふたりきりでいるときにフェアである必要はないんです。恋愛においては、お互いが了承しているのなら不平等もまた甘美だったりする。そういう、世の中の規範には当てはまらない関係を小説にできたらといつも思っています。

――島崎藤村の『初恋』をはじめ、章ごとに引用されている中原中也や寺山修司の詩がそれぞれのクラッシュの引き金になっている点も特徴的です。

山田 文学作品はできるだけ読んでおいたほうがいい。文学じゃなくても、映画や漫画だっていいんです。初めて何かに深く関わったとき、記憶や思い出のなかに語彙があると、ピタッとはまる瞬間が必ず訪れるから。「ああ、あのとき大人がこそこそ囁いていたのは、こんなに甘美なことだったんだ!」って。ヘレン・ケラーが水を手に浴びた後、掌に「WATER」と書かれることですべてを鮮烈に理解する瞬間と同じです。今はわからないことでもきちんと心にためておけば、あとで表面張力が破られるみたいに理解や感情がぶわっと溢れる、すごく美しい瞬間が訪れるんです。

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『ファースト クラッシュ』(文藝春秋)。人生におけるFirst crush(=初恋)をキーワードに、身も心も打ち砕かれるような瞬間が収められている。「それまで自分が持っていなかった価値観を人の言葉によって開拓されていく経験って、すごく大事だと思っていて。そういう過程をなるべく正確に写しとろうと思って書いた小説です」(山田)。

――一般的に「初恋」をテーマにした小説の場合、もっぱら少年少女のみずみずしさに焦点を定めて、「その後」の人生はほったからかしにされたり、くすんだものとして対置されたりすることも多いですが、山田さんの小説は加齢をきちんと肯定してくれますよね。三人とも「その後」の姿のほうが豊かになっているというか。

山田 もちろん、若いことが幼いことだって言いたいわけではないんです。時間の輝かせ方は人それぞれだから。でも、他者によって与えられた大事な言葉を自分の体のなかに雲母(うんも)みたいに重ねている人は、どんなに歳をとっていっても美しいなって感じます。この作品なら、鼻持ちならないお屋敷のお嬢さまたちが、たった一人の男の子によって疵(きず)をつけられるわけだけれど、その疵を美しくする機会を得ていく物語でもある。そういう機会に気づけるか気づけないかで、大人になったあとの人生って変わってくるんだろうなって。

――また、三姉妹がリキに対してとる行動も対照的で面白いです。なかなか自意識の鎧(よろい)を脱げない姉たちと異なり、三女の薫子は最初から「犬仲間」と称したじゃれあいのコミュニケーションに持ち込む。一見幼稚に映るけれど、だんだんそうじゃないことがわかってくるのが印象的でした。

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