〈左〉ハバナの旧市街で見かけるカラフルなクラシックカーは1950年代以前に輸入されたアメ車を修理しながら使っているもの。国営タクシーにはグレーとイエローのロシア車が使われている。〈右〉新市街の中華街近くにて。こんなふうに家族や友人同士でデカいスピーカーから爆音で音楽を流し、何をするともなくただ路上でくつろいでいる人たちをよく見かける。

 首都ハバナは欧米からの旅行客であふれる観光都市だが、20世紀半ばで時間が止まったかのようなタイムスリップ感に満ちていた。経済封鎖による物資不足により、1950年代以前に輸入されたクラシックカーを大事に修理しながら乗り、コロニアル様式の建物は幾度となく明るいピンクやグリーンに塗り直されている。

 店に入ると棚やケースはがらんとしているし、レストランの料理は素朴な地鶏や魚のグリルとコロッケくらい。そしてネット環境は前世紀レベルで、ホテルのロビーと公園しか公共のWi-Fiはない。

 ただし驚いたことに犯罪率は非常に低く、たぶん日本のダウンタウンよりはるかに安全だ。アメリカとメキシコがすぐ対岸だというのに、他の贅沢品と同様、銃もドラッグも国内にほとんど入ってこない。

〈左〉旧市街にある19世紀から続く薬局。カウンターや薬棚、調合のための秤(はかり)などは昔から使われているもの。ドラッグストアのように何でも買えるわけではない。〈右〉革命後、ほぼ無宗教の人が多いというキューバにおいては数少ないカトリック教会隣の公園にて。学校帰りの生徒たちが木陰にたむろしておしゃべりに興じていた。

 そんなわけでハバナ滞在は完全ストレスフリー、何かに追われ急かされる緊張感がまったくない。他人との摩擦や衝突に常に怯える日本の都心や郊外の殺伐とした空気と、あまりに違うのである。

 路地を一本入れば、親切で人懐っこい市民たちが素朴な暮らしを営み、どこもかしこも音楽があふれている。朝は窓を開ければ鳥の声とともにどこかから太鼓のリズムが聴こえ、街角には古いソンやルンバを奏でる音色が響く。通りでは、昼間からラム酒と葉巻でいい気分になった爺さんがバンドに合わせて踊っていた。

 医療・教育・芸術鑑賞がほぼ無料で、誰もが一律に最低限の生活を保障され、向上心のある者には機会が均等に用意される。物質的に貧しくとも極度の格差や貧困がない。忘れていたこの安心感に、どこか昭和40年代(1970年代頃)の東京を思い出した。