アートジャーナリストの住吉智恵さんが、開催中の展覧会や舞台芸術、注目のカルチャー情報から、未来への道標を探る連載「アートと○○」。今回は「アートと視力」をテーマに、印象派を代表する画家クロード・モネと、現代美術家の小瀬村真美の展覧会をレビュー。2人の芸術家の「視力」がこの世にもたらしたものとは?

先駆性と独自性あふれるモネは、実は現代アートの“大先輩”

クロード・モネ《睡蓮、水草の反映》1914-17年 ナーマッド・コレクション(モナコ)
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鈴木理策《水鏡14, WM-77》(左)《水鏡14, WM-79》(右)2014年 作家蔵 ©Risaku Suzuki, Courtesy of Taka Ishii Gallery

 サッカー選手などのアスリートには対戦相手や球の動きが止まって見えるという驚異の動体視力を持つ強者がいるらしい。ならば、同じように「見る」ことがときには死活問題に直結するアーティストにも、常人を超えた特殊な「視力」を持つ者がいるだろうか?

 印象派を代表する画家クロード・モネは、生涯にわたり「人間の視力は自然界をいかに的確にとらえることができるか」、そして「その視覚情報を自身の画力によってどこまで再現できるか」というテーマに取り組んだアーティストだ。

 そんなモネの創作姿勢を「現代アートの大先輩」として考察する展覧会が開催されている。モネが最晩年、画業の集大成となる《睡蓮》の大作に着手してから約100年。本展ではモネの絵画25点と、後世の26作家の作品を併置し、その時代を超えた多面的な結びつきを通して、モネの先駆性と独創性に迫ろうとする。印象派ファンが意表をつかれるくらい、斜め上からの視点が小気味よく瑞々(みずみず)しい。

 なかでも心躍らされたセクションは「II 形なきものへの眼差し」だ。モネは一生を通じて、自然の変幻と刹那のなかに大気や光のうつろいや揺らぎといった「形のないもの」をとらえ、画布にとどめようと試みた。ロンドン滞在期には、あらゆるものの輪郭を曖昧にする濃い霧とそのヴェールをすりぬける朝日を。ジヴェルニーの農場では、素朴な積みわらのシルエットをも神々しく輝かせる夕日を。

 当時どんな画家も試したことのなかった、モネの色彩のグラデーションやレイヤー、筆の置き方や画面構成がもたらした独特の視覚効果は、後の世代にレガシーとして受け継がれた。マーク・ロスコやモーリス・ルイスの1950年代アメリカの抽象表現主義の大作絵画。スティーグリッツやスタイケンの絵画主義的な風景写真。ゲルハルト・リヒターや丸山直文など現代作家たちの抽象化された風景。

 視覚芸術はときに対象とするモチーフの意味を超えて、神秘性や象徴性を帯びる。観る者はただそこに佇み、胸襟を開いて美を受け容れたいという思いにかられる。その領域を求めて、アーティストは脆弱な視力の限界に挑み、自然を讃えながら超克をめざしてきた。モネとその系譜の弛(たゆ)みない営為に覚醒させられる展示だ。