アートジャーナリストの住吉智恵さんが、開催中の展覧会や舞台芸術、注目のカルチャー情報から、未来への道標を探る連載「アートと○○」。今回は「アートと抽象」をテーマに、パウル・クレーとピーター・ドイグの個展をナビゲート。

パウル・クレーの色彩と造形の実験が生んだもの

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パウル・クレー《抽象的な建築》1915年

 20世紀前半を代表する、スイス出身の画家パウル・クレー。

 1910年代、ミュンヘンを拠点に分離派展や芸術家集団「青騎士」への参加を通じて頭角を現し、1920年代には造形教育学校バウハウスに招かれて教鞭を執る。やがてナチの独裁に追われ、1930年以降は故国スイスに亡命し、生涯にわたり自身の芸術の革新を目指した。

 音楽一家に生まれ、妻もピアニスト、自身もヴァイオリンの名手であったクレーの画業を語るとき、リズムとアクセント、フーガ、ポリフォニーといった音楽的要素は欠かせない。

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パウル・クレー《ストロベリーハウスの建築工事》1921年

 それ以上にクレーの本領といえるのが、色彩と造形の絶え間ない実験である。その大きな転機となったのが、1914年春から夏にかけての北アフリカのチュニジア(当時は仏領)への旅だった。

 地中海を望む建物のくっきりとした青と白。スーク(バザール)にあふれるスパイスや絨毯のビビッドな色。砂漠の乾いた明るい土色。モスクの内部に施された控えめな彩色。チュニジアの風景特有の陽光に映える豊かな色彩に感銘を受けたクレーは、「色彩は、私を永遠に捉えたのだ」という言葉を日記に残している。

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パウル・クレー《羊飼い》1929年

 この旅行以降、クレーの作風は色を重視したものに一変し、造形もまた抽象的な表現へと移行していった。主題として描かれているのはイチゴ栽培のハウスや庭の樹木、福音書に説かれたよき羊飼いといった、あくまで具象的でなじみ深いモチーフだが、平面構成がより幾何学的になるほど、それらはかえって象徴的な意味を帯びていく。

 うがった見方をすれば、例えば、祈りを捧げる人が教会のステンドグラスやモスクの幾何学装飾に埋めこまれた造形にふと何かしらのサインを見いだしてしまうような、敬虔(けいけん)な精神性もまたクレーの絵画に魅了される理由だろう。ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンが、失意のなか、最期まで携えていたクレーの作品《新しい天使》に突き動かされ、有名な「歴史の天使」の論を遺したように。クレーの芸術には具象絵画の表象と読解をめぐる永遠のテーマが潜んでいる。