アートジャーナリストの住吉智恵さんが、開催中の展覧会や舞台芸術、注目のカルチャー情報から、未来への道標を探る連載「アートと○○」。今回は住吉さんがプレスプレビューに訪れた2つの展覧会から、「アートと感覚」について考える。

アートにリアルに触れることの意義

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「音と造形のレゾナンス-バシェ音響彫刻と岡本太郎の共振」川崎市岡本太郎美術館・展示風景 提供:川崎市岡本太郎美術館

 美術館やギャラリーが自粛閉館して3カ月、ようやく非常事態宣言が解除され、再開の見通しが立ちつつある。この期間、VRを駆使したヴァーチャルミュージアムやオンラインギャラリーツアーなどの公開も積極的に試みられた。しかしながら、あらためて痛感させられたのは、「アートが自身とともにある」こと、「自身が展示空間にある」ことのリアリティーの強度だった。

 そんななか、開館に向けていち早くプレスプレビューを行った2つの展覧会では、この「実感」を強く裏づける体験をすることができた。

 川崎市岡本太郎美術館では「音と造形のレゾナンス-バシェ音響彫刻と岡本太郎の共振」が開催される。1960年代、芸術家フランソワ・バシェと音楽家ベルナール・バシェのバシェ兄弟は、誰でも自由に演奏することのできる楽器であり、オブジェでもある「音響彫刻」という新しいスタイルを生み出した。当時のモダニズムの機運のなか、その斬新な造形と音響は国際的に高い評価を得て、パリ装飾芸術美術館やMoMAなど世界各地の美術館で注目を浴びた。

 日本でも1970年の大阪万博で、作曲家・武満徹がフランソワ・バシェを招聘し、5点の作品が鉄鋼館に展示されている。大阪万博の閉幕後は分解され、各所に保管されていた音響彫刻は近年復刻され、当時と変わらぬ美しさと音色を取り戻した。

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F・バシェ《川上フォーン》1970年 大阪府蔵 撮影:大杉謙治

 本展では、バシェ兄弟の「音響彫刻」5基を一堂に集め、大阪万博ともゆかりの深い岡本太郎の作品が点在する展示空間で共演させる。バシェの音響彫刻は一つひとつ手作りで、同じデザイン、同じ音色のものは世界に二つとない。それぞれの作品には修復と復元を手がけた技術者の名が冠されている。たとえば《川上フォーン》は、スピーカーの役目を担う赤、白、黒のコーンがスタイリッシュだ。高低差のある「寸切棒」を叩いたりこすったりして発する音や、そこから猫の髭のようなピアノ線に伝わる振動によるエコー、そして太いスプリングからの振動音を拡声し、複雑で迫力のあるサウンドを響き渡らせる。

 また《高木フォーン》は「クリスタル・バシェ」と呼ばれる音響彫刻。ガラス棒とそれを調律するための寸切棒と金属板で構成された造形は大きく羽を広げた水鳥を思わせる。水で濡らした指でガラス棒をこすると、摩擦による振動がステンレスの棒から音を発する。この作品はのちにピアノと同じ平均律の音階に調律され、バッハなどの楽曲を演奏できる「楽器」に発展した。ジャン・コクトー監督の『オルフェの遺言』(1960年)や、武満徹が音楽を担当した黒澤明監督の『どですかでん』(1970年)など映画音楽でも使われている。

 これらの音響彫刻の展示に触れることはできないが、会場に流れる武満徹作曲「四季」のライブ録音を聴きながらイメージを羽ばたかせたい。古典楽器とも電子楽器とも違う、造形と音響のアナロジーに感応する新しい体験となるはずだ。

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「廣瀬智央 地球はレモンのように青い」アーツ前橋・展示風景

 アーツ前橋では、30年にわたりイタリアのミラノを拠点に活動するアーティスト・廣瀬智央の大規模な個展「廣瀬智央 地球はレモンのように青い」が開催される。

 1997年、おびただしい数のレモンを敷きつめた代表作《レモンプロジェクト03》で注目を浴びた廣瀬。特定の素材を大量に用いる、いわゆる没入型インスタレーションの手法が国際的なアートシーンでもまだ主流ではなかった頃だ。本展ではその《レモンプロジェクト03》を23年ぶりに再構成し、3万3000個のレモンで展示空間を埋め尽くした。みずみずしい輝きに招かれ、レモン色の海にかかる橋に歩みを進めると、ほのかな芳香が通り過ぎ、えも言われぬ爽快感に包まれる。実はこの香り、生のレモンの香りと人工の香料とが混じり合ったものだ。