アートジャーナリストの住吉智恵さんが、開催中の展覧会や舞台芸術、注目のカルチャー情報から、未来への道標を探る連載「アートと○○」。今回は大阪と東京で開催中の、アジアをルーツにもつアーティストたちの展覧会から、「アートと自由」について考察する。

世界的に活躍するアジアの作家たちが示唆する未来

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「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展示風景(国立国際美術館、2020年) 撮影:福永一夫

 大阪と東京で、それぞれアジアをルーツにもち、国際的に活躍するアーティストたちの展覧会が開催されている。

 大阪の国立国際美術館で開かれているのは、世界的に注目を浴びるヤン・ヴォーの、日本の美術館では初となる大規模個展。ヤン・ヴォーは1975年ベトナムに生まれ、4歳のときサイゴン陥落後の混乱から逃れるため、父の手製のボートで家族とともに祖国を脱出した。デンマークの貨物船に救助された一家は、難民キャンプを経てコペンハーゲンに定住。ヴォーはコペンハーゲンとフランクフルトの美術大学で学び、現在はベルリンとメキシコシティを拠点に活動する。2018年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館で大規模な個展が開催された。

 いわゆる“ボート難民”と呼ばれる、政治的理由でベトナムやカンボジアを逃れた人々と筆者がリアルに知り合ったのは、彼らのような現代美術の作家が初めてだった。そして作家たちにとっての世界の見え方が、同じアジア人であるにもかかわらず、自分とは明らかに異なることを常々思い知らされるのだ。

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ヤン・ヴォー《無題》2020年 Courtesy of the artist and Take Ninagawa 「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展示風景(国立国際美術館、2020年) 撮影:福永一夫

 本展では、ヴォー自身のこのような来歴と、世界各地にひそむ記憶の断片とを手繰り合わせ、作家自身の個人史と歴史を交差させる。木製の星条旗や椅子などのオブジェクトや、ホワイトハウスのレターヘッドのある書簡、古きよきベトナムの写真といった作品が展示空間に点在する。一部の作品は、ベトナム戦争を推し進めたことで知られる米国防長官(当時)R.マクナマラの遺族との協働により制作されたという。

 また《セントラル・ロトンダ/ウィンター・ガーデン》(2011)と名付けられた作品は、輸送用の木枠に囲われたまま輝く19世紀末につくられた豪華なクリスタルのシャンデリアだ。1973年、このシャンデリアが吊るされていた建物でパリ和平協定が調印され、べトナム戦争の終結が宣言されたことにより、社会主義国家へと移行した祖国をヤン家は捨てることとなる。2009年、パリ滞在中だったヴォーは父とともにこの場所を訪れ、関係者と交渉してシャンデリアを入手したのである。

 一方で壁面には、彼の父親や恩師、恋人、ミューズである甥っ子とのコラボレーションによるカリグラフィー、絵画、写真がリズミカルに配置され、韻を追いかけるラップや上塗りされたグラフィティを思わせる暗示的なスタイルで、作家のアイデンティティやセクシュアリティが炙(あぶ)りだされる。

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「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展示風景(国立国際美術館、2020年) 撮影:福永一夫

 さらにヴォーが最近関心をもっているという、自らの過去作同士を組み合わせたインスタレーションを、イサムノグチ作の和紙の照明がやわらかく照らしだす。たとえば約30トンの1セント銅貨で等身大の「自由の女神像」を鋳造し、そのパーツを世界中に設置する代表作《We the People》から、耳の部分だけがごろんとそこに置かれている。かと思えば、古代ローマの大理石像や木製の聖像が切断されて、真鍮のリングで台座に設えられたり、リモワのスーツケースや木箱に詰め込まれたりしている。これらの作品群は、欧米の覇権主義の影響下にあった近世を詩的な表現でほのめかす。