アートジャーナリストの住吉智恵さんが、開催中の展覧会や舞台芸術、注目のカルチャー情報から、未来への道標を探る連載「アートと○○」。今回は「アートと惨事」をテーマに、1910年制作《叫び》が初来日することでも話題のムンク展と、カタストロフ(=大惨事)を主題にアーティストたちの新たなビジョンを浮き彫りにする、六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展をナビゲートする。

個人の惨事を描き続けたムンクの、永遠のメランコリー

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 アートは古代より連綿と「人間」を描写してきた。とはいえ、「個人」の内面を表現した作品が評価されたのは近代になってからだ。

 名画「叫び」で知られるエドヴァルド・ムンクは、自身も病弱だった幼少期に母と妹を亡くし、その後生涯にわたって、絶望と希望、生と死、嫉妬や孤独を主題に絵画を描き続けた(描くことで体質改善したのか、成人後は丈夫になり長生きしている)。

 故郷ノルウェーのオスロ市立ムンク美術館の所蔵作品を中心に約100点が集められた本展では、死の不安を投影した初期作品から、明るい色で描かれた晩年の作品まで、ムンクの画業を総覧することができる。

 その人物描写は一貫していて、人々は動揺のあまり茫然自失、もしくは諦めきってフリーズしているように見える。北欧の暗い森や湖畔に立ち尽くす人。暴れ馬におののき固まっている人。

 己の狂気に苦悩する同時代の哲学者ニーチェ。ひっそりと刹那の抱擁を交わすカップル。そして、橋の途中で身をよじり叫び声をあげる人。

 ここで焦点を当てられているのは、歴史に残るような重大な惨事ではなく、あくまで「個人的大惨事」である。画面のこちら側、あるいは通りがかりの人にとっては他人事にすぎないが、いつか自分にも降りかかる可能性のある不幸なのだ。このグロテスクな温度差があるからこそ、「叫び」は後世まで強烈なインパクトを残し、ときには軽々しくパロディ化されてもきた。どれほどビビッドな色彩や軽やかな筆致で描かれていても、ムンクの絵画は沈鬱なメランコリーに彩られている。終始漂う仄暗(ほのぐら)いムードは、人生を楽観することと悲観することにさして大きな違いも意味もないというニヒルな真実を示唆しているかのようにも見える。