「子供時代」をテーマにしたものは、書くのも読むのも大好きだという村田沙耶香さん。その独特の捉え方から、「書き手」としての顔が実にくっきりと浮かびあがってくる。

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映画『借りぐらしのアリエッティ』を観た当時、「大人になったら不思議なものとの出合いがいつのまにか奪われてしまうのかと思って悔し泣きをした」という村田さん。「でも、この歳になって、むしろ子供時代のワンダーの感覚をまた取り戻しているような気もします」。

 ――1冊目はスティーヴン・ミルハウザーの『エドウィン・マルハウス』。「子供によって書かれた子供の伝記」という、非常にユニークな設定の長篇です。ジェフリーという同い年の少年が、エドウィンという天才少年の、たった11年間の生涯を、「幼年期」「壮年期」「晩年期」ときっちり分け、赤ん坊時代の手形といった資料も織り交ぜながら克明に追っていく。

村田 いかにも伝記ふうの言い回しというか、この妙に気取った文体がすごく愛おしくて。たぶん、傍から見れば普通の思春期を送っているだけの子を、ものすごく細かいまなざしで写し取っている。「こんなことに気がついてる!」って感心してしまうんです。いうなれば、読者は書かれている子供のことだけでなく、書いている彼のことも見つめていることになるんですよね。その構造がすごく面白い。 それに、誰かの一生を描いた小説って、必然的に子供時代の部分はすぐに終わっちゃうけれど、これはずーっと子供時代だから(笑)。私にとっては幸福で、読み終わってしまうのがほんとうにつらい傑作です。

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スティーヴン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』(岸本佐知子=訳、河出文庫)。子供特有のレンズを通じて見える世界の切実さを凝縮したような物語。「岸本さんの訳される本はどれも素晴らしいものが多く、同じテーマで選ぶなら『コドモノセカイ』(河出書房新社)というアンソロジーも入れようか、すごく迷いました」(村田)。

 ――2冊目は山田詠美さんの『学問』。海辺の町を舞台に、男女4人が小学生から高校生になるまでの成長の様子が、各々の死亡記事を挟みながら綴られていく。

村田 それぞれの死にざまが生きざまに結びついていて、人の一生が重なっているんだっていう一体感を得ながら読むことができる。山田詠美さんは、私が思春期に女性として苦しみを味わっていたときに救ってくれた作家さんなんですが、この長篇はとくに、自分の体が自分のものであるということを教えてくれる大好きな本です。

 ――文庫版の解説は、村田さんが担当されていますよね。そこで書かれていることに共感する女性はものすごく多いんじゃないかと思います。

村田 女の人が自慰行為というものをこんなにも美しく書いてくれることが、とても嬉しかった。きっと、自分が書いてもこんなふうにのびやかに書けないと思うんです。むしろ、現実逃避っぽくなってしまうというか。 大学生のときに「女の子ってそういうことするの?」って男の子に訊かれて、思わず「しない」って答えてしまったことがあるんですけど……心の中では「そんなふうに最初っから質問自体をポルノ化してくるからいやなんだよ! ちゃんと対等に話してくれたら隠さないよ!」って思ったことを覚えています。それこそ解説にも書きましたが、この本から対等な性愛の素晴らしさをもっと知ってほしい、と願っています。

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山田詠美『学問』(新潮文庫)。「欲望の愛弟子」を自称し、自らの身体を自分の意思で着々とひらいていく少女の感覚が鮮やかに描かれる。「性愛を通じて、自分の体を愛している、ということが見事に言語化されている。この本がこの世にあることが、ほんとうに嬉しい」(村田)。