前編で「子供時代」をテーマにした本を通じ、性と体の関係をめぐる疑問を胸のすくような言葉で表現してくれた村田沙耶香さん。そうした村田イズムのすべてを鋭敏なかたちで詰め込んだ衝撃作が、最新刊『地球星人』だ。

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芥川賞受賞後、初の長篇となる『地球星人』(新潮社)。人の社会を統(す)べるあらゆるルールが、あくまで「地球星人」の「生態」としてフラットに捉えられることで容赦なく相対化されていく。「『コンビニ人間』を読んでファンになってくれた方々が離れていくほど強烈な作品ができましたね」と、編集さんから言われました(笑)」(村田)。

 ――『地球星人』の主人公は、家族から冷遇され、自分が魔法少女だと信じることでどうにか世界に居場所を見つけている小学生の奈月(なつき)。彼女がおぞましい体験を経てどんなふうに生きていくことになるのか、人間社会のさまざまな「常識」に対する疑問を織り交ぜながら二部構成でスリリングに描かれていきます。

村田 次に女の子を主人公にして書くときは、性的な被害や虐待を真っ向から描こうと以前から決めていたのですが……作中のどんなシーンよりもその場面は書いていてつらかったです。でも同時に「実際の被害はもっとつらい、現実の残酷さはこんなものじゃない」とも思っていて。すこしでも現実に言葉を届かせたい、と思いながら必死に書いていたような気がします。おかげで少女時代を書き終わったとき、奈月がそれでも生き延びなきゃいけないという状況を前にしたときはほんとうに苦しかったのですが、結果的には大人時代を書いたことでものすごく救われました。

 ――たしかに第二部では34歳の「女性」になった奈月の姿が描かれますが、「夫」との結婚生活の様子といい、読者の想像の斜め上をいく展開に驚かされっぱなしでした。

村田 書き手である私という人間は、やっぱり「地球星人」の理屈で奈月を救いたくなってしまうんですよね。例えば、少女時代の初恋の相手である由宇(ゆう)と大人になってもう一度結ばれるような、「普通」の幸せをあげたくなってしまう。でも、奈月自身がどうしても動こうとしなくて。その代わり、彼女の夫である智臣(ともおみ)がどんどん変な人になって話を引っぱっていってくれた感じです。

 ――常識の外にある目を持ちながらも社会に洗脳されることを望んでいる奈月と違って、智臣は世の中に迎合することをどこまでも拒否している。その頓狂な抵抗っぷりが、滑稽でありチャーミングでもあるというか。

村田 歪(ゆが)んでいるけど、ある意味すこやかな人だともいえるんじゃないかなと。子供ならともかく、30歳を過ぎて「きみはポハピピンポボピア星人だ」なんて真剣に断言してくれる人はめったにいませんから。勤めていた会社のお金は着服するし、それを居直って社会のせいにするし、「この人、ろくでなし……」と最初は思っていたのですが(笑)、いつのまにか大好きになっていました。

 ――智臣の発案で由宇と奈月の三人で交わす「離婚式」も、痛快でした。いわゆる「結婚の誓い」を全部否定して読み上げていく場面。

村田 恋愛とか結婚のイメージって、子供にとっては救いでもあるけれど呪いでもあるんですよね。例えば小学生の頃、憧れの俳優さんが妻と結婚した理由を訊かれて「料理が上手だからです」って答えていたのを聞き、それこそ呪われたように焼きおにぎりばかり作っていた時期があったんです。親にも「もう食べたくない」って言われるくらい。そのせいか、今でも手料理に対してちょっとした苦手意識があって……。きっと、自分がただの食いしん坊の男の子だったらこんな屈託を抱えることもなかったはず。そういう、幼い頃からいつのまにか刷り込まれてしまう結婚幻想に「うるさい!」って言ってしまえるような気持ちよさが、あの離婚式にあった気がします。